CTOインタビュー

シャラッド・スリオアストーアは、2022年3月より、CTOとして楽天モバイルの技術部門を統括しています。モバイル通信業界でキャリアを歩んできたスリオアストーアに、日本や世界のモバイル通信業界やコミュニケーションの未来についてインタビューしました。

モバイル通信業界でキャリアをスタートさせたきっかけは?

私が子どもの頃、故郷のインドではまだ固定電話が普及しておらず、通信はとても魅力的な分野でした。携帯電話もインターネットもなく、コミュニケーションが取りづらいという課題があったため、大学で電気通信を専攻するだけでなく通信業界で働きたいと思うようになりました。幸いなことに、私は最初の仕事でインド初のモバイルネットワーク構築に関わることができ、1995年にムンバイで初めてGSM(Global System for Mobile Communications)方式で通話をしたことを覚えています。GSMのことを“God sent Mobiles”(神が送った携帯電話)と呼んだりしていました。

以来、私はオーストラリア、タイをはじめアジアやヨーロッパ各地、アメリカでモバイル関連の仕事をしてきました。そこで出会ったのが楽天モバイルの現CEOであるタレック・アミンです。2018年に、楽天の新たなネットワーク立ち上げ準備に関連して日本に来ました。世界初となる完全仮想化されたモバイルネットワーク(注1)構築というチャレンジに感化され、私はこの国が大好きになり、その年の夏の終わりには楽天モバイルに参画するため、家族と日本に移り住みました。

ゼロからネットワークを構築するうえで、どのような苦労がありましたか?

楽天モバイルが採用しているOpen RANベースのモバイルネットワーク構築は、容易なものではありませんでした。多くの人が無理だと言ったことがかえって私たちのモチベーションを高め、原動力になりました。時には手探り状態なこともありましたが、モバイル通信業界のスタートアップを巻き込み、楽天グループの行動規範のひとつでもある「GET THINGS DONE」の精神で取り組み、物事を成し遂げるための対応力と柔軟な考え方も得られたと思います。

「4G人口カバー率96%」の目標(注2)は、当初2026年3月末までの達成を目指していました。約4年前倒しで達成できた理由は?

複数の要因があったと思います。一つは、Open RANを採用したことです。従来の屋外基地局アンテナ設置には多数の機器や部品が必要でしたが、楽天モバイルは、無線アクセス機能の一部をエッジサーバーやデータセンターに移行させ、シンプルな基地局構成を実現しています。そのため、基地局設置に自由度と柔軟性が生まれ、設置・運用コストを大幅に削減できているのです。

私がモバイル通信業界でキャリアを始めた27年前は、一つの基地局を設置するのにも委託や構築に数日かかり、熟練したエンジニアチームが必要でした。それがOpen RANであれば、ソフトウェア中心の設計なので、統合フローを定義することができます。ネットワーク展開に不可欠な自動化が実現されますので、基地局の展開は容易になります。Wi-Fiを設置するように簡単に作業できるのです。すでに多くのシステムを統合したため、今ではエンジニアを一人も現場に派遣することなく、2〜3時間で作業を完了できます。

もう一つは、楽天グループの総力を結集して基地局建設を行ったことです。楽天市場、楽天トラベルや楽天カードなど、グループ会社が日本各地のパートナー企業と築いた関係性は、基地局建設を格段に容易にしてくれました。

MWC 2022のGLOMO Awardで「ベスト・ネットワーク・ソフトウェア・ブレイクスルー」を受賞しました(注3)。評価されたのはどういう点ですか?

今回の受賞は、当社が開発した非常に柔軟なOpen RANプラットフォームが、5Gの設計から導入、拡張まで極めて効率的に行えている点が高く評価されたものと思っています。サービス開始当初から5Gネットワークの基盤は完全にコンテナ化・マイクロサービス化されています。

私たちは、Open RANベースのクラウドネイティブなモバイルネットワークを使って商用サービスを提供した初の携帯キャリアであり、今回の受賞は、モバイル通信業界に対して技術的な確証をさらに示せたと思います。

CTOとして率いている技術チームは、どんなチームですか?

仕事に情熱を持った人々が集まっています。多くの人たちが不可能だと言うことを達成するために互いを信頼し、共通のゴールに向かって働いています。リスクを恐れず、現状を打破し、未知の領域に踏み出すユニークな人材が集まっているのが、楽天モバイルの技術チームです。

私は、チームと彼らの実績をとても誇りに思っています。組織としてメンバーの育成に力を注ぎ、彼らが能力を最大限に発揮できるよう、スキル、モチベーション、機会を提供しています。

海外からエンジニアが日本に来て働くうえで、課題はありますか?

通常、外国人エンジニアにとって、言葉の壁がある日本は非常に働くことが難しい国です。しかし、楽天では英語公用語化が進み、ほとんどの人が英語を理解しますし、会議も英語で行われています。これは、グローバルに優秀なエンジニアを採用するためだけでなく、日本でのビジネス展開を考えている海外企業と仕事をするうえでも大きなメリットがあります。

現在、ネットワーク構築を70カ国・地域の人々が共に働き支えていますが、彼らがもたらす多様性は、イノベーションや新たなアイデアを集める面でも楽天モバイルにとって大きな強みとなっています。

楽天モバイルは、次の5年間でどうなっていくでしょう。

現在、4G人口カバー率は97%を突破して(2022年4月時点)おり、エリアカバー率100%を目指して、サービスエリアを広げていきたいと考えています。

今後は、低遅延やネットワークスライシング、IoTサービスなどを提供することができる5Gが焦点となります。実際に、NB IoT(ナローバンドIoT)の研究開発を進めており、これは将来的に、様々な企業や消費者向けの新たなサービス提供につながるでしょう。

また、楽天モバイルの契約者増加に伴い、ネットワークの安定性を中心とした考え方から、顧客サービス中心の考え方へとシフトしていきます。最高の性能で最高のカバレッジを提供する必要があることに変わりないですが、それを実現したうえで、単なる接続性以上の充実した機能を提供することを目指します。

今後、モバイル通信業界を変革する技術としては、どのようなものが考えられますか?

AIや機械学習を活用した自動化を基軸とし、その延長線上にある「自律ネットワーク」は中期的な重要分野の一つと言えます。

私たちは完全な自律ネットワーク、すなわち自動運転車のように、オペレーション不要あるいは技術者不在のネットワークの実現を目指しています。ネットワークがどのようにそのパフォーマンスを認識し、異なるパラメータ設定の影響を分析するのか、また、可能な限り人間の介入なしにネットワークのパフォーマンスを維持・改善し、問題を解決できるのか、このような問いへの答えを探しているところです。

先進技術を採用することは、お客様にとってどのようなメリットがあるのでしょう。

お客様の技術理解度が深まっており、楽天モバイルがどのような技術でサービスを提供しているのか、強い関心が持たれています。最も重要となるのはサービスエリア、データ通信の利用容量、利用率(アベイラビリティ)、通信のパフォーマンスです。楽天モバイルは、Open RAN、vRAN、クラウドネイティブなどの先進技術を採用することにより、設備投資を削減し、その分をユーザーに安価な料金プランとして還元しています。

料金プラン以外にも、お客様にとってメリットとなるのは、新しいサービスを提供するスピードです。私たちのプラットフォームは、新しいテクノロジーへの対応をより早く、スムーズに行うことが可能です。4Gから5Gへの移行のように、従来の方法だと時間がかかるところ、比較的早期に5Gを展開することができたというのはその一例です。

技術の進歩は、通信をより地球環境に優しいものにすることも可能ですか?

もちろんです。気候変動への影響を軽減する方法はたくさんあります。楽天モバイルなら、基地局設備を簡素化しているため、基地局設置にトラックで現地に赴き2日かけて建設するのではなく、電車で小さなユニットを運んでプラグを差し込んで設置するというアプローチも取れます。

最先端の技術を駆使して電力効率を高めることはもちろんですが、もうひとつの大きなポイントは自動化です。完全自動化は、消費電力だけでなく、人的な効率も大幅に向上させることができます。

低軌道衛星で日本全土を100%カバーすることを目指しています。いつ頃実現するでしょうか?

この計画は大きく前進しています。パートナーである米・AST SpaceMobile(AST)は、多くの衛星の打ち上げを予定しています。近いうちに実証実験を予定していて、楽しみです。

この技術は当社のIoTサービスにも大いに応用が期待できると思っています。企業から消費者向けまで、実に多くの応用が考えられます。

現在、日本では人口カバー率を拡大していますが、ASTの実証実験が成功すれば、日本の山岳地帯や離島も含めたすべてをカバーするエリアカバー率100%を達成することができます。そうなれば、楽天モバイルにとって大きな優位性となると考えています。

(注1)大規模商用モバイルネットワークとして(2019年10月1日時点)/ステラアソシエ調べ

(注2)屋外基地局による夜間人口に対する人口カバー率。人口カバー率は、国勢調査に用いられる約500m区画において、50%以上の場所で通信可能なエリアを基に算出。

(注3)GSMA Announces 2022 GLOMO Awards Winners https://www.gsma.com/newsroom/press-release/gsma-announces-2022-glomo-awards-winners/ (英語のみ)

楽天モバイル CTO 兼 楽天グループ 常務執行役員 シャラッド・スリオアストーア

楽天モバイルの技術情報、
完全仮想化クラウドネイティブモバイルネットワークについて紹介します。

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