【技術解説】「見る」から「体感する」へ。楽天モバイルと東京科学大学が取り組む「VR遠隔旅行体験」とは

VRデバイスを装着すると、目の前に美しい風景が広がります。映像も鮮明で、音もリアルなのに、ふとした瞬間に「これは現実ではない」と感じてしまうことはありませんか。もしかするとその違和感は、私たちが現実世界でいつも感じている「香り」という情報が、デジタル空間から欠けているからかもしれません。

嗅覚は、人の記憶や感情を引き出しやすい感覚だといわれています。「香り」をデジタルで再現し、視覚・聴覚と同期させることで、VR体験は「映像を見る」から「その場にいる」へ、ぐっと現実味を増していきます。

楽天モバイルと東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 中本研究室は、このたび次世代通信インフラを活用した新サービスの創出を目指し、ウェアラブル型の嗅覚ディスプレイを用いた、これまでにない没入感の高い「VR遠隔旅行体験」の研究を行いました(注1)。

研究では、東京科学大学が8種類の⾹料をリアルタイムで調合し、香りを再現するウェアラブル嗅覚ディスプレイの開発を担当。楽天モバイルは、香りの変化に合わせて体験できるVR映像旅行コンテンツを企画・制作し、ウェアラブル嗅覚ディスプレイとの低遅延での同期性、コンテンツ体験の有用性を共同で検証しました。視覚だけでなく「香り」を再現すると、VR体験のリアリティはどれほど変化するのか、その核心に迫ります。この共同研究は、「楽天モバイル次世代エッジコンピューティング・ネットワーク協働研究拠点」における活動の一環として実施しました(注2)。

■視覚・聴覚だけでは届かない「空気感」の正体

私たちが旅先で感じる「その土地らしさ」は、風景や音だけではありません。土の香りや潮風、花々の甘い気配といった嗅覚の情報が、目や耳で得た情報と結び付き、その場所特有の「空気感」として認識されます。

VR体験は、映像がきれいになり、音もリアルになることで、大きく進化してきました。しかし、「香り」の情報がないと、脳は無意識に「現実とのわずかなズレ」を感じ取ってしまうことがあります。この違和感を減らして、より自然に入り込める空間を作ることが、次世代のVR体験における大きな挑戦です。

■多成分を調合する「嗅覚ディスプレイ」の仕組み

従来のウェアラブル嗅覚ディスプレイは、本体サイズや搭載スペースの制約などもあり、再現できる香りの種類を増やしにくいという課題がありました。

そこで今回、軽量で装着できる嗅覚ディスプレイを開発。小型の電気浸透流ポンプとマイクロディスペンサによって最大8種類の香料を調合でき、組み合わせ次第でより多彩でリアルな香りを再現しました。

 
 

【画像1:ウェアラブル嗅覚ディスプレイの原理】(注1)

VR映像に合わせて香りを提示するには、映像と香りを同じタイミングで届けるための精密な制御が欠かせません。香りは物質を放出して届けるため遅延が生じやすく、映像のように瞬時に提示することが難しいという課題があります。今回の研究では、香料の供給と噴出の制御を最適化することで、コマンド送信からユーザーが香りを認知するまでの時間を約3秒の低遅延に抑え、映像と香りの同期が可能になりました。

【画像2: VR/ARゴーグル】(注3)

また、映像コンテンツでは視線検出機能を活用し、ユーザーが1秒間注視するだけで、シーンの移動や香りの提示ができる直感的な操作性を実現しました。これにより、道端のキノコや温泉地の硫黄、みかん畑の柑橘といった場所ごとの香りを楽しみながら、旅先にいるような気分を味わう新しい没入型の「VR遠隔旅行体験」を実現しました。

この旅行体験は、国際会議「ICAT-EGVE 2024」および「YRPオープンイノベーションデー2024」にて展示を行い、数多くの来場者様に体験していただきました。嗅覚をVRに組み合わせた体験は多くの来場者様にとって初めての試みであり、「新鮮でインパクトがある」といった驚きの声が多く寄せられました。また、提示した香りは来場者様に正確に伝わっており、体験中には「オレンジの匂いがする」といった声が自然と上がるなど、高い再現性が確認できました。特に、植物や果物の香りは認識されやすいという傾向も、実際のユーザー体験を通じて明らかになりました。

これらの反応から、視覚だけのVR体験と比較して、香りを加えることでユーザーの没入感や「その場にいる感覚」が大きく向上することが分かりました。普段は見落とされがちな嗅覚への刺激が、VR体験のリアリティを引き上げるうえで有効であることを、来場者様の反応を通じて実感しました。

【画像3: 旅行体験コンテンツの香りスポット i)マッシュルーム、ii)硫黄、iii) オレンジ、iv) バラ、 v) ラベンダー、vi) コーヒー 】(注1)

【画像4: 旅行体験コンテンツを体験している様子】(注1)

 
 

今回の実証実験とこれまでの取り組みについて、東京科学大学の中本 高道 特任教授にお話をお伺いしました。

東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 知能化工学研究コア 中本 高道 特任教授
「視覚や聴覚がデジタル化や記録再生される中で、なぜ『におい』だけが遠隔地へ伝えられないのか。この素朴な疑問が私の研究の出発点です。

長年、『におい』の再現という難題に向き合ってきましたが、今回、楽天モバイルとの共同研究を通じて、スペースに限りのあるウェアラブル型デバイスでの多チャネル調合と低遅延な同期を実現できたことは、デジタル香り技術の社会実装に向けた大きな一歩です。

また、『VR遠隔旅行体験』という具体的なコンテンツに実装することで、技術の実用性を改めて確信しました。今後も、次世代の通信や先進的な技術を組み合わせることで、場所や時間の制約を超えて、『におい』の再現による新しい体験や価値の創出に挑んでいきたいと考えています」

楽天モバイル株式会社 先端技術開発統括部 イノベーションプログラム開発事業部 ヴァイスジェネラルマネージャー 田中 由紀
「楽天モバイルは、東京科学大学との「楽天モバイル次世代エッジコンピューティング・ネットワーク協働研究拠点」(注2)における取り組みを通じて、次世代通信インフラと先端技術の融合による革新的なサービス創出の可能性を検討してきました。今回の研究開発で得られた知見は、Beyond 5Gの更なる低遅延環境下における多感覚コンテンツ伝送の可能性を広げるものです。

本取り組みにおいては、中本研究室と連携し、嗅覚ディスプレイとVR映像の同期を実現することで、遠隔地から地域の魅力を目と鼻で体感できる、新たな観光向けコンテンツ体験の有用性を検証することができました。今後も楽天モバイルは、通信技術を生かしたユースケース創出の可能性を模索しながら、お客様やパートナー様の利便性向上や新たなビジネス価値の提供に向けて研究開発を進めてまいります」

■五感で旅する未来へ

今回の共同研究では、展示を通じても、VRと香りを組み合わせることで生まれる新たな体験価値を実感することができました。今後はさらに臨場感の高い旅行体験を提供すべく、実際の旅行地から取得したリアルタイム映像をユーザーのVR空間に伝送することを目指しています。これにより、時間や場所を問わず、まるでその場にいるかのような旅行体験が可能となります。

エッジコンピューティングを活用し、ユーザーの近くで高速かつ大容量のデータを安定的に処理することで、快適で途切れのないリアルタイム体験の提供が可能となるでしょう。

(注1)東京科学大学プレスリリース:多種類の香りを提示可能なウェアラブル嗅覚ディスプレイ https://www.isct.ac.jp/ja/news/b5xvgohtg91i
IEEEによる論文:
“Development of an Eight-Channel Wearable Olfactory Display for Virtual Reality” https://ieeexplore.ieee.org/document/11408120
(注2)関連プレスリリース:
楽天モバイルと東京工業大学、「楽天モバイル次世代エッジコンピューティング・ネットワーク協働研究拠点」を新たに開設 https://corp.mobile.rakuten.co.jp/news/press/2023/0607_01/
(注3)出典:東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 中本研究室

※本研究成果は、「楽天モバイル次世代エッジコンピューティング・ネットワーク協働研究拠点」において、楽天モバイル株式会社と東京科学大学の共同研究により得られたものです。

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